来年度(本年4月から来年3月)のラフな年間スケジュールを作った。


  詳細な内容はさて置いて、取りあえず夏期講習や冬期講習などの大まかな日程を決めた。


 ところが、これがものすごくたいへん(メンドウ)。あちらを立てればこちら立たず。結局、3時間ほど、カレンダーと奮闘した。失敗して、やり直しの度にカレンダーのコピーを取り直す。取ったコピーは何だかんだで10数枚。


 皮肉なことに、「上手くまとまりそう! 」と思うと、その絶妙のタイミングで電話がかかってきたり、生徒から声がかかる。1つのことに集中するのはなかなか難しい。


 子どもたちには、いつも、「集中して取り組め!」と言っている。ただ、私の方は、集中したくても、なかなか、そうはいかない。


 大人と子どもの違いっていうのは、案外、こんなところにあるのかなぁ………

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“集中” に4件のコメントがあります

  1. 集中という概念も、いろいろ僕は疑問におもっています。
    普通程度の集中力が維持できれば合格だと考えるのが一番よろしいと思います。
    普通に席について授業を受けているだけでも立派なものです、それを継続すれば、だれでもスコアが伸びるのですが、それが途中で雑念が多すぎて嫌になるんですよ。

  2. 僕の例ですが、決して勉強が嫌いとかではなくて、雑念が多すぎるんですよ。
    (部活のこと、給食のこと、映画のこと、先生のこと、だれだれ君のこと)
    雑念も普通に浮かんでくるのがあたりまえ、集中できている状態の方が稀です。
    特に、時計を見たら4時間ぐらい進んでいた、外を見たら、夜だった、など、時間が数時間流れても何も気づかない場合(僕は人生で数回しかない)は、本当に集中状態だと定義できますね。
    普通に正常な範囲で集中できていれば、それでよろしいと思います。勉強は集中力と言いますが、それよりも結局物量の方が勝ちます

  3.  う~ん、難しいことを仰る。
     ご指摘の「集中」と「雑念」を巡って考え込んでいるところです。
     子どもの勉強のように、何かを記憶する場合には「集中」は有効だと思う。(勉強の目的がすべて「記憶」とは限らないが)
     一方、例えば、仕事などで何か新しいアイディアを考えるときは、思考は一点に向かうより、多方面に向かう方が有効のように思える。つまり雑念が必要となる。
     こう考えると「集中」と「雑念」はどういう位置関係になるのだろうか??
     よくわからなくなってしまいました。教えてください。
     

  4. 私も偉そうに語っているのですが、100%納得する説明をできません。いろいろ混乱させてしまいました。
    チョット本題とそれますが、
    暗記については、集中力より、回数の反復量が大切だと思っています。
    雑念も集中も両方とも必ず普通に存在しています。だから両方ともそれでいいのです。
    ※ただ、集中はよほどの動機が無いとできないものなので、雑念があるのが普通なんだと思います。僕も集中状態というのはめったにありません。
    この雑念と書くと悪いようなイメージがあるのですが、僕が使っている場合は、「集中する目的以外のその他」と定義します。

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