2019年3月号……『模範解答のない問い』 講師/山内 雄司

今年の千葉県公立高校の入試で、国語の作文問題に変化が見られました。

昨年度まではグラフや資料が提示されて、そこからどのようなことが読み取れるか、自分の経験を交えて書くという内容でした。しかし今年の入試では、前期選抜では「巨人の肩の上に立つ」というニュートンの言葉の意味を考えさせる問題が、後期選抜では「転がる石に苔は生えぬ」ということわざから、「苔が生える」とはどういう意味かを考えさせる問題が出題されました。

作文を書く技量を問うという点では昨年までと変わりません。ただし、昨年まではグラフや資料の読み取りには、ある程度の「正解」の範囲がありました。しかし、今年の出題では辻褄が合っていれば自由な解釈が許される、つまり模範解答のない出題に変わりました。
いうまでもなく、人間が直面する問題のほとんどには模範解答などありません。人間関係、幸せ、健康、平和等などすべてに言えます。模範解答がないから、さまざまな立場やさまざまな考えが世の中に氾濫しているわけです。

文部科学省は「自ら学び自ら考え行動する力を育成する」ことを教育施策に上げています。恐らく、千葉県の国語の出題はこれに呼応するものと思われます。しかし、文科省に言われるまでもなく、子どもたちは世界を強く生き抜かなければなりません。その意味で、子ども時代から、模範解答のある問題にチャレンジしていくことは意義あることです。

「ちいさな哲学者たち」というフランス映画をご覧になった方もいらっしゃることと思います。フランスの幼稚園で哲学の授業を導入していく様子を追ったドキュメンタリーです。初めはキョトンとしていた子どもたちも、回を追うごとに積極的に意見を言うようになり、そしてひとの話に耳を傾ける大切さを知っていく様子が描かれています。

この映画では、幼い子どもであっても、模範解答のない問題、「愛や死」や「民主主義」などが受け入れられ様子が描かれています。塾の教室でも、素朴な疑問を持つ子どもの表情は生き生きとしています。子どもの脳は本来こういうことを考えるためにあるのではないかと思うことすらあります。

模範解答のない問題、人の生き方に深くかかわる根源的な問題を考えることは、子どもの学力の深い層とも関わりがあります。このような授業を取り入れることは、以前からの私たちの課題でもありました。そんな中、今年の入試を通じて機が熟したのを感じた次第です。

今回の春期講習で開講する「論理的思考道場」では、以前より温めていた課題に取り組みます。子どもに哲学的な根本的問い、「模範解答のない問い」について一緒に考えたいと思います。是非、ご参加下さい。

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