2011年5月号……『見通し』 塾長/青沼 隆

子どもたちに、よく、「勉強、楽しいでしょう!」と話しかけます。残念ながら、ほとんどの場合、「エ~~、楽しくなんかない」という答えが戻ってきます。勉強が楽しくない、というのは常識の一つで、「楽しい」というのがむしろ非常識なのかもしれません。

私自身も、昔、子ども時代、「勉強が楽しかった」と言えばウソになります。そして、恐らく、多くのご両親さま方も同様ではないかと思います。勉強は今も昔も「楽しくないもの」というのが実情なのかもしれません。

しかし、「勉強が楽しくない」というのが、人間一般に当てはまるかと言えばそうでもありません。現在、伸栄学習会では社会人対象の実務研修を行っておりますが、この受講生の多くが、「勉強が楽しい」と答えます。中には「朝が来るのが待ち遠しい」とおっしゃる方もいます。大人にとっては、勉強はつまらないものとは限らず、むしろ、多くの場合、「楽しい」ものであるようです。

確かに子どもの勉強と大人の勉強は違います。何より、子どもにとっては、勉強は選択の余地のない中でムリヤリやらされるものです。朝、学校に通うのは義務であって選択ではありません。人間にとって、強制的にやらされる行動には息苦しさを感じるものです。それに、子どもの場合、「成績」がついて回ります。評価を受けるということも、一部の優等生を除けば楽しいものではありません。

ただ、子どもを見ていて感じるのは、それ以外に「先の見えない」ことが、勉強をつまらなくさせているように思えます。今やっていることが将来にどのようにつながるのか、どうやったら勉強が上手く進むのか、勉強の難しさはいつ解消されるのか、その見込みはあるのか………そしてそれらが相まって、勉強との関わりにある種の不安やいら立ちを感じさせているように思えます。

もちろん、子ども自身は不安やいら立ちを実感していません。「勉強で不安に感じることがある?」と聞いても「そんなことはない」と答えます。不安やいら立ちというのは大人から見た感じ方で、当の子どもたちはそのように受け止めていません。ただ、勉強の将来を話し、それが上手く伝わったときに、子どもたちの表情は安堵の笑顔でいっぱいになります。

子どもの勉強から「強制」や「評価」を乗り除くことは不可能です。だから、子どもの勉強を全面的に「楽しく」するのはかなり難しいことだと思います。しかし、将来の見通しを語ることはできます。子どもから勉強への「不安やいら立ち」を取り除くことは可能です。

教師の役割はいろいろありますが、見通しを語ることも大切な役割かと認識しています。

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