2000年6月号……『考える力』 塾長/青沼 隆

文部省とのズレ

どのようにしたら「考える力」を身につけられるのでしょうか。“これだ!”という結論には達し得ない、人類永遠のテーマの1つかもしれません。文部省は10年ほど前に「新しい学力観」を提唱し、学校教育に取り入れました。「知識・理解・技能」よりも「意欲・関心・態度」を重視しようというもので、それまでの政策を180゜転換したものとして話題を呼びました。新しい学力観では、例えば、英語の単語をどのくらい覚えたか、どのくらい文法事項を理解したかという結果よりも、その過程の意欲・関心・態度に力点を置こうというものです。学校から渡される通知表の「観点別学習状況」で、各教科の一番上の欄に「関心・意欲・態度」が、一番下の欄に「知識・理解・技能」が置かれているのもこのためです。(昔の通知表では順番が逆でした。お子さまの通知表でお確かめ下さい)

ただ、私は、意欲・態度・関心を重視すれば、考える力が身につくのか疑問に思っています。最近、この問題を考えるにあたり「認知心理学」の書物をひもを解いてみました。認知心理学はコンピュータの発達とともに成立した実践的な心理学といわれています。面白いのは、思考力を「知識をもとに推論すること。それをメタ認知により自己管理していくこと。」としていることです。創造力などを含め、人間の知的な営みはゼロから何かが生ずるのではなく、既存の知識や経験などに積み重ねられると考えることです。ヒラメキも例外ではないとしています。

知識・推論・メタ認知

私はもちろん心理学の専門家ではありませんが、認知心理学のモデルは、日々の塾での実感をよく説明できると思います。

思考は「知識」から出発します。知識を軽視している文部省の考え方とはかなり異なります。知識とは脳の中に蓄えられた「長期記憶」のことです。記憶には「長期記憶」とは別に「短期記憶」があります。例えば、一夜漬けの勉強や、その場で覚えた電話番号などです。しかし、短期記憶はすぐ忘れるので、長期記憶とは区別して考えられています。

さて、知識を使って、直面した問題を解決する知的な営みが「推論」です。テストで問題を解くのも、こじれた友人関係を改善するのも、速く走る方策を考えるのも何れも推論です。この場合、個々人の習熟度合いにより、解決方法のレベルは異なってきます。初心者であれば、原理原則だけに則って問題解決を図ろうとします。ですから、硬直的な対応しかできません。これに対して熟練者は、問題を単純な形に変形したり、過去の類似したケースを応用するなど柔軟な対応が可能になります。同じ算数の文章題を解くのでも、小学生と大学生では視点が全く違うのはこのためです。

さらに、「メタ認知」も大切になります。メタ認知とは、高い次元で、自分を客観視して監視する力です。例えば、計画を策定したり、能力の限界をわきまえて計画を変更したり、他人の協力を求めたり、ヤル気を失った自分自身を叱咤激励する力などです。問題解決にあたっては、ただやみくもに突っ走るより、自分を点検し監視して進めた方がはるかに効率です。これを進める力がメタ認知です。困難に対して粘り強さを発揮するのもこの力です。

勉強と思考力

認知心理学のモデルは、私たちの感じている「常識」とかなり合致するような気がします。同時に、勉強の意義を説明する材料になるのではないかと思います。例えば数学を例に考えれば次の通りとなります。
①計算のやり方などを身につける(知識の修得)。
②問題演習をくり返す。より効率的なやり方を編み出す(推論力の育成)。
③わからなくなった時、原因を突き止め、解決策を考える。勉強に飽きたときに  自分に鞭を打つ(メタ認知の育成)。

今、子どもたちは急速に勉強に対して背を向け始めています。学歴社会や終身雇用の崩壊などもこれに輪をかけています。でも、思考力を育てることの大切さは、いつの時代でも変わるものではありません。算数・数学・英語……というと無味乾燥で、「勉強なんか社会に出て役に立たない」と公言する子どももいます。しかし、そうではありません。思考力は紛れもなく勉強を通じて養われます。そして、それは生涯にわたって、あらゆる場面で活用できます。子どもたちにもっと「勉強の意義」を伝えていきたいと考えます。

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