2000年5月号……『学級崩壊』 塾長/青沼 隆

「学級崩壊」という言葉は今や流行語です。少し下火になったとはいえ、新聞でも雑誌でも頻繁に取り上げられています。この3月には、文部省が国立教育研究所に委嘱した調査(学級経営をめぐる問題の現状とその対応)がまとまり、経営困難な学級の実態と、学級の機能が回復する過程の具体的な事例が紹介されました。しかし、私自身、この問題については重大な関心を寄せつつも、何かもう1つピンときませんでした。塾の授業ではこのような現象が起こるとは考えられないのがその理由だろうと思います。

しかし、先日、ある研究会で、学級崩壊をずっと追いかけてきた朝日新聞の記者の話を聞く機会があり、少し“実感”としてこの問題を捉えられるようになりました。以下、ご参考までに当日の内容を箇条書きでお知らせします。

・「むかつききれる子が多くなった、授業が成り立たなくなった、80年代の校内暴力が小学校に降りてきた」とよく言われるようになったには、今から3年くらい前の97年1月頃から。ただし、「学級崩壊」という言葉が使われたのは、もっと前の92年頃からで、当時、大阪と北海道の教員がまったく自然発生的にこの言葉を使ったのが最初の模様。よく「学級崩壊」という用語はマスコミが作ったと言われるが事実は異なる。

・学級崩壊はクラスの数人の子どもが主役(加害者)になっている。よく、その「ムカつき、キレる子」さえいなければ崩壊は起こらなかった、と言われるがこの見方は甘い。なぜなら、学級崩壊の構図はイジメの構図と同じで右図の通りクラス全体がこれに関与しているから。仮に、その中心となる子ども(加害者)がいなくなっても、誰か他の子どもがすぐに輪の中心に入ってくるからである。

・学級崩壊は中学から降りてきたと言われるが、高学年と低学年では中身が異なる。高学年では先生に対する敵意、低学年では先生への反発ではなくかまって欲しいというシグナルがそれぞれの原因になっている。

・70代、80代の高齢の方から「昔から学級崩壊はあった」という声がよく寄せられる。しかし、この方たちの話をよく聞くと、新米教師で授業の下手な先生たちの時に授業が崩壊が見られたということで、今のベテラン教師でも崩壊してしまう現象とは別物と考えた方がよい。

・クラスの定員との関連は微妙な問題だが、北海道で6人のクラスで学級崩壊が起き たという事例もある。

・学級崩壊は詰まるところ「学校システムの制度疲労」に原因がある。第1に学校の閉鎖性(臭いものにはふたの体質、学校の壁や学級の壁の厚さ、他の教師は口出しできない雰囲気)。第2に学校の社会の位置づけの変化(もはや学校は「権威のある、良きもの」とは受け止められなくなってしまったこと)。第3に親の関心の低下(親が学校に関わらなくなり傍観者になった)。これらを総合すると、学級崩壊は現代社会の問題の集約であると考えるべき。

・学級崩壊は、公立だけではなく私立学校でもあるはず。投書がそれを物語っている。ただし、公立以上に私立は取材が困難で、実態解明は不可能に近い。(当日の研究会には学習塾だけでなく私立の関係者も出席していましたが、これについて発言はありませんでした。)

トップページに戻る