大学生の長女を連れてアルゲリッチの室内楽を聴きに行った。


 最近は「聴きたい」と思う演奏がほとんどない。そんな中、アルゲリッチは私の好きな女性ピアニスト。ただ、彼女はピアノソロの演奏会を開かない。仕方ないので、彼女の出演する室内楽を聴きに行った次第。


 シューマンのバイオリンソナタ2番からスタート。何だか先生がピアノを弾きながら若い演奏家をレッスンをしているよう。その後のピアノ四重奏も同じ。


 ようやく、最後のショスタコービッチのピアノトリオで、アルゲリッチの「ピアノ」が聴けた。さまざまな音色が奏でられ、ピアノという楽器のすごみを感じた。


 長女も少しピアノを嗜んでいる。「あんな音を出せるか」と聞けば、「ウチのピアノじゃあムリよ。ホールのピアノならばね………」


 いやぁ、さすが、わが子。いいことを言う!


 ………ということは、こんな理屈が成り立つはず。


 私のピアノは少しも上達しない。でも、それはピアノのせい。新しいピアノ買うつもりはない(そんな余裕もない)。ならば、私のピアノは今後も上達しない。でも、それは私の才能や努力のせいではない。
 
 すべて、「ピアノのせい」………


 

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