知り合いの塾長の授業を見学させてもらった。


  その塾長は、教師の役割は「教え込むこと」ではなく、「子どもの自己回路の中に新しい知識を組み込むこと」という信念を持っている。これまで、何回か話は聞かせてもらったが、どうも今ひとつピンと来ななかった。


 今回、授業を実際に見せてもらって、塾長の主張することころがよくわかった。


 授業中、生徒に対して一方的に説明する場面はまったくない。すべて「質問」の形で生徒に切り込んでいく。


 例えば英語の授業で、ある問題で生徒が間違える。すると、「日本語訳は?」と問いかける。その答えに対して、さらにまた、次の質問をする。それを何度かくり返す。そのうちに、生徒は、自分自身で過ちに気付く。


 しかも、リズミカルなテンポで授業が進む。


 彼はこの授業を「問答法」と称している。生徒自身を自己矛盾に導き、自分自身の論理構造の中で誤りに気付いたり、新しい知識を身につけることのできる手法だと言う。ソクラテスから学んだとのことだ。


 よく巷では「生徒が主役の授業」という言葉を耳にする。ただ、その事態は、まったく反対で教室の中は「先生の独裁」ということがよくある。しかし、彼の授業は、本当の意味で「生徒が主役」で「先生は産婆役」だ。


 最近、「質問法」とか「コーチング」が話題になるが、これにも一脈通じているように思えた。


 彼の授業を取り入れるには、先生の意識の変革が必要だ(多くの先生は「教えること」が使命だと思っている)。それにコミュニケーション能力を高めることも必要だ。


 なかなか難しいが、これは当学習会にも(いや当学習会のような塾にこそ)必要な技法だと感じた。いや、また、忙しくなりそうだ。

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