大晦日、池袋の東京芸術劇場に、一家5人でベートーベンの交響曲全曲演奏会を聴きに行った。指揮は70を越えた岩城宏之。午後3時半に演奏が始まり、会場を後にしたのは元旦の午前1時半。10時間に渡る1年越しのイベントだった。
 岩城の演奏は1つ1つのフレーズをていねいになぞっていく。フォルテのシーンは、音が割れんばかりに鳴り響かす。そもそも、ベートーベンの交響曲はメロディーのくり返しが多い、そして、劇的な場面も多い。だから、まるで、大人が子どもに、噛んで含めるような語り口になる。
 最初の3曲くらいは、「なるほど」と思いながら聴いていたが、5番の「運命」くらいになるとだんだん鼻についてきた。7番くらいからはもういけない。次の展開が手に取るようにわかってしまう。クドイ。まるで、結末のわかっている推理小説を無理矢理に読まされているよう。「助けてくれー」と逃げ出したい気分になってきた。
 その昔、まだ、学生だったときの一人旅を思い出した。いろりを囲んで、地元の老年のおじさん。酒を片手に、延々と昔話を始める。ところが、その話が同じところでくり返す。いつまでたっても話が進まない。でも、とても人の良さそうで、朴訥とした語り口。途中で退席することができない。善人を絵に描いたような田舎のおじさん。急所に差しかかると穏やかな顔が、突然、真顔に変わって教えを諭す……
 岩城のベートーベンはこんな昔の経験を思い出させてくれた。第九がやっと終わった。もう身も心もグッタリ。
 
終演後、クラシックの演奏会では珍しく、2人の係員の女性が袋を配っていた。見れば中には焼酎の小瓶が。周囲の紳士淑女たちの表情が一変。それまでの優雅が顔つきはどこやら、形相を変えて2人の係員に突進している。
 係員も身の危険を感じてか、「押さないでください!おひとり1本でお願いします!」と金切り声を上げている。
 「ならば、オレも」と思いつつも、なかなか近づけない。やっと、1本を手にして輪から離れる。本当は家族5人分欲しかったのだが、この日は、10時間に渡る岩城節で疲れ気味だった。
 ところが………、少し前に目をやるとそこにはやせ気味の紳士。なんと両手で7~8本の袋を抱えている。「なんで!どうやってこんなにたくさん」と、まずは驚き。そして、その次に「羨ましい!なんでアイツが!」。体のすべてを駆けめぐる激しい感情。
 全身の疲れもどこやら、嫉妬の炎がそれを吹き飛ばす。
 年が明けてまだ1時間半。「あ-、新年早々、こんなことではいけない」とわが身を深く反省。今年こそ、もっと大人になろうと誓いを立てる。
 皆さまにとりましても、今年1年、良い年でありますように。 

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