昨日、長男と次男の2人を連れて神宮球場に行った。私は、子どものころから、熱狂的な11球団のファンだ。このため、その残り1球団の試合を見るために、まだ小さかった長男と次男をよく神宮球場に連れて行った。このため、2人はヤクルトのファンになってしまいファンクラブにも入っている。最近では、2人で一緒に神宮球場に足を運んでいるようだ。
 
 私は子どものころから相当数の試合を見に行っている。今年はあまりチャンスはなかったかが、例年は少なくても10試合は見に行く。しかし、これまで、ファールボールやホームランボールなど、野球場でボールをgetしたことは一度もない。いや、それどころか「惜しかった」というチャンスもあまりない。しかし、何と、昨日の試合で、次男はボールを2個もgetした。それどころか、驚くことに、最近、4試合連続でボールをgetしているという。
 実は、昨日、次男はほとんど席に座っていなかった。イニングの変わり目に、選手がダッグアウトの上にボールを投げ込むのが恒例化しているが、彼は、そのたびに、ボールの飛んできそうな所に移る。右バッターが続けば、1塁側の少し上段に場所を移す。ボールの行方を予想して、席を移動しているわけだ。ボールをgetすることに“並々ならぬ”努力をしている。私のように、同じ場所に座って、ただ、試合を見ているわけではない。
 実は、私自身も子どものころから、ボールを取りたいという気持ちはあった。誰かがボールをgetすれば、「羨ましい」という気持ちもあった。今でも、その気持ちがないではない。できれば、一度でよいからgetしたいと願っている。しかし、だからといって、次男のような“努力”をしているわけではない。
 昨日の観衆は1万4千人だったそうだ。試合中にスタンドに飛んだボールは、選手が投げ入れたのも含めてせいぜい50個。ボールをgetできる確率は極めて低い。その確率の低さは、私自身の経験(これまで1個もgetできていない)からもよくわかる。しかし、次男は2個もgetした。もし、彼が、試合中に私達の横に座って試合を見ていたら、1個もgetできなかったのは明らかだ。
 野球観戦でボールをgetするなんて邪道だと思う。しかし、昨日は、妙に「求めよ、さらば与えらん」という言葉が頭に残った。何ごとも、目標に向かってまっすぐに努力することの大切さを学んだような気がした。
 しかし、次男が、「もっと別なことに執念を燃やしてくれたら」と、親として願わないわけではない。

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